大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和47年(ラ)516号 決定 1973年7月12日

抗告人 アメリカ合衆国

相手方 松村多郎右衛門

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、本件抗告の趣旨および理由は別紙抗告の趣旨および理由記載のとおりであり、これに対する相手方の主張は別紙相手方の主張記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

(一)  本件申立の適法性について、

相手方は、本件抗告は、受託裁判官がした証言拒絶の裁判に対する不服の申立は、先ず受訴裁判所に異議の申立をなし、右異議の申立に対する裁判に対し即時抗告をなすべきことを定めた民訴法四一二条の規定に違反し、不適法である主張する。しかし、

民事訴訟手続に関する条約等の実施に伴う民事訴訟手続の特例等に関する法律(昭和四五年六月五日法律一一五号)九条は、外国の当局の嘱託により証拠調べをするに際し本邦の裁判所がした裁判については、当該裁判所を受訴裁判所とみなして不服申立に関する民事訴訟法の規定を適用する旨定めており、右規定に従えば本件抗告は適法である。

もつとも、アメリカ合衆国は、民事訴訟手続に関する条約の締約国ではないから、同法をそのまま本件に適用しうるか否かについては疑問があるが、本件証人尋問を嘱託し、本件抗告を申立てたのはいずれもアメリカ合衆国であり、このことは同国が進んで同法の適用に服する意思を表明したものにほかならないから、本件については同法を適用して差支ないものと解すべきである。以上の理由により右主張は採用できない。

(二)  本案について

(1)  特定商品の製造および販売原価を外部に知られることは、これにより競争関係に立つ同業者に競争の目標を与え(競争相手の製造および販売原価が自社のそれより低い場合には、自社の販売価格を競争相手の追随不能な線にまで下げることにより競争相手の市場を奪うことができ、逆の場合には自社の製造および販売原価を下げるための対策を考えることができる。)、販売先に値下げ要求の口実を与えることになるから、当該商品を製造販売する企業にとり大きな不利益となることはいうまでもない。ところで、商品の製造原価は、材料費、労務費、経費から成り、これに一般管理費、販売費、利益を加えたものを販売原価とするのが通常であるが、右各費目の数額を明らかにすることは、それ自体企業にとつて不利益であるだけでなく(例えば、材料費の製造原価に占める割合が判明すれば、仕入先にとつては材料費値上げ要求の有力な資料となるし、労務費および販売費が判明すれば、これにより前者については労働生産性が分るだけでなく合理化機械化の程度を推知することができ、後者について販売生産性を知ることができるから、競争者にとつて有力な対抗資料となる。)、右に述べた製造および販売原価算定の基礎資料を与えることになるから、その意味においても企業にとり大きな不利益をもたらすものというべきである。以上の点に鑑みれば、右各費目の数額が企業の秘密に属することは明らかである。

(2)  民事訴訟法二八一条一項は「左の場合に於ては証人は証言を拒むことを得。一略、二略三技術又は職業の秘密に関する事項に付尋問を受くるとき」と規定する。ところで、いわゆる企業の秘密は、(1) に列挙した各事項を含めて無数に存在するが、そのすべてが右条項の職業の秘密となるものではなく、証言拒絶を認めることにより保護するに価する秘密だけが右条項の職業の秘密として証言拒絶の対象となることはいうまでもない。そして右にいう保護に価する秘密とは、当該秘密が知れることにより、企業の受ける打撃が深刻重大で、裁判の公正を犠牲にしてもその結果を回避する必要があるものを指すものと解される。何がそのような秘密に当るかは、具体的事情に即して決するほかないが、製造および販売原価自体は勿論のこと製造および販売原価をかなり高度の正確性を以て推知させる資料もまた、特別の事情がない限り、右の秘密に当るものというべきである。

本件において、相手方が拒絶する証言の内容は、松下電子工業株式会社(以下単に松下電子という。)が製造した受信用電子管の生産に要した直接労務費および販売に要した販売費の数額であるが、これらはいずれも(1) に列挙した費目の一に当り、それ自体企業の秘密に属するのみならず、原審記録によれば、右電子管の製造個数、販売個数、販売金額、全材料費は既に相手方の証言により明らかとなつていることが認められ、且つ、原当審における相手方審尋の結果によれば、これら既知の資料と一般の経費率とを総合すれば、製造および販売原価をかなりの精度において推定しうることが認められるから、右各数額のもつ秘密性は極めて高く、この意味において右各数額は、前説示の保護に価する秘密に当るというべきである。

(3)  抗告人は、松下電子が製造販売する受信用電子管の品種は数十種に上り、相手方が証言を求められている事項は、いずれもこれらの個々の品種に関するものではなく、全品種を一括したものについてのデータであるから、これを明らかにすることにより松下電子が打撃を被ることはないと主張する。しかし、当審における相手方審尋の結果によれば、電子工業界においては、各メーカーが生産した受信管の品種と数量とは既知の事実であることが認められるから、全品種を一括した製造および販売原価を明らかにすることは、個々の品種についてその製造および販売原価を推定する有力な資料になるものと考えられる。以上の理由により右主張は採用できない。

(4)  次に、抗告人は、相手方が証言を求められている事項は、いずれも一九六四年一月から一九六六年五月までの期間における受信用電子管の販売原価の内訳であり、現時点より七年以上も以前のデータであるから、これを発表したからといつて松下電子が不利益を被ることはないと主張する。しかし、原当審における相手方審尋の結果によれば、右期間は松下電子が受信用電子管の製造を開始してから一〇年以上を経過した後であり、その時期までに製品の製造方法設備については殆んど手を入れる重要な部分はなく確定ないし完備していたこと、その後今日まで生産している製品はその構造規格等殆んど当時のものと同一であり、その製造方法、工程、設備は基本的に何ら変つていないこと、したがつて、当時の原価構成ないし比率は、現在のものと基本的に差異がないから、当時の数値を知ることにより現在の数値を推しはかることが可能であることが認められ、この認定を左右する資料はない。してみると、右尋問事項は過去の資料に関するものではあるが、これを明らかにすることは、現在の松下電子の受信用電子管の製造販売事業に重大深刻な打撃を与えるものというべきである。以上の理由により、右主張は採用できない。

(5)  以上の認定によれば、本件各尋問事項につき、相手方の証言拒絶を許可した原各決定は相当で、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして主文のとおり決定する。

(裁判官 岡野幸之助 入江教夫 大久保敏雄)

(別紙)

抗告の趣旨

原各決定を取消す。

証人は前記各質問に関して証言を拒否してはならない。

との裁判を求める。

理由

一、(一) 原審は原決定の表示第一項記載の質問(以下直接労務費についての質問と称する)に先だち、証人が左記尋問事項第二三(a)項の質問に対し証言を拒否した際、民事訴訟法第二八一条第一項第三号に規定する職業の秘密に当らないとして証言を命じた。

上記の期間(一九六四年一月から一九六六年五月まで)に、受信用電子管の製造のために貴社(松下電子工業株式会社)が実際に使用した全材料の総金額はいくらでしたか。

(二) 次いで抗告人代理人が直接労務費についての質問を行い証人が証言を拒否したところ、原審は証人はすでに尋問事項第二三(a)項の質問に答えて、松下電子工業株式会社(以下松下電子と称する)が受信用電子管の製造のために使用した全材料の総金額を証言しているのであるから、右証言及び既になされた他の証言と直接労務費についての質問に対する回答とを綜合すれば第三者が松下電子の職業の秘密に該当する事項を知ることができる。従つて証言拒否は理由があると判示された。

(三) 原審は次になされた原決定の表示第二項記載の質問(以下販売一般費に関する質問と称する)についても、右質問に対する回答のみでは職業の秘密ではないが、既になされた証言と綜合すれば職業の秘密に該当する事項を知り得るという理由で証言拒否を認められたのである。

二、そもそも民事訴訟法第二八一条第一項第三号は「これを公開することになれば、技術の値打がなくなつたり、職業の維持遂行がやれなくなることを保護する趣旨である」(兼子一著、条解民事訴訟法第三巻八四頁)。

又、「職業の秘密とは、それを公表しなければならないとすると正当な職業がやつて行けなくなる場合がすべて包含される。原料の仕入先や、株屋の情報入手経路などでもよい。新聞記者のニユース・ソースなども、これを発表しなければならないとすると、ニユースが採れなくなる意味で、職業の秘密に属するから、これに関し証言を拒絶できる」(同上)。

即ち、それを公開すれば職業の続行を危殆に瀕せしめるような事項が所謂職業の秘密なのである。

従つてたゞ一軒の仕入先から単一原材料を仕入れている小企業の場合には仕入先は職業の秘密といい得るかも知れないが、多数の仕入先から多種類の原材料を購入している大企業の場合には、殆んど職業の秘密たり得ないといわねばならない。

三、(一) 松下電子は日本一の家電メーカー松下電器産業株式会社と世界屈指のフイリツプス社との合弁会社で、その技術は勿論、販売力、資力においても抜群の力を有していることは周知の事実である。

このような強力な大企業の職業(受信用電子管の製造)続行が不可能になるような技術以外の情報とは一体何であろうか。

製造、販売業者一般にとつて最も重要な数値とされる利益の率又は額、製造原価、原価構成比率、労働生産性のいづれか或はそのすべてを公開することによつて、松下電子が受信用電子管の製造を中止しなければならない事態に追込まれることなどあり得るであろうか。

(二) 百歩譲つて、職業の続行はできるが、その遂行を困難ならしめるような情報も亦職業の秘密に該当すると仮定しても、右各情報の公開によつて松下電子の受信用電子管製造に支障を与えるとは全く考えられない。

松下電子はその製造した全受信用電子管を親会社である松下電器産業株式会社と関連会社である松下電器貿易株式会社とにのみ販売しており、仕入は天下の松下との取引を望む原材料納入業者が注文獲得の競争を演じている情況であるから前記情報の公開が仕入又は販売に支障を与えることも亦全く考えられないのである。

(三) 勿論、利益率その他(一)記載の情報を公開することによつて松下電子は自らは秘密としておきたい数値を他人に知られることにより何等かの不利益を蒙ることはあり得るであろう。しかしながら裁判という国家権力の行使は必然的に秘密の公開という要素を含んでいるのであり、又、公開の限度については個人のプライバシーの保護と企業の秘密の保護とは異つた取扱いを受けるべきものである。

個人のプライバシーは益々厳重に保護される趨勢にある一方、企業はその会計上の数値を出来得る限り公表すべきであるとされ、財務諸表の監査並に公表、子会社との連結財務諸表作成に関する要求は益々強く厳しくなつているのである。

(四) 会計上の数値公開に関して論ずる際留意せねばならないのは、その勘定科目の内容である。例えば、「利益」という言葉は会社全体の純利益、総利益、営業利益、或は売上総利益のいづれかを意味することもあり、一事業部に関する右同種の利益の内の一つを意味することもあり、或は一種類の製品、例えば受信用電子管全部又はその一本に関する何らかの利益について用いられることも、更に狭く6BZ6Aなる電子管全部又はその一本に関する何らかの利益について使われることもあるのである。「製造原価」なる語も同様である。

(五) 会社全体一括しての各種利益又は製造原価等の数値は原則として公表せねばならないものであり、一事業部門全体のそれも程度の差はあるものゝ同様に公表されるべきものと考えられている。

一種類の製品、例えば受信用電子管、に関しての数値は企業としては秘密と考える(民事訴訟法第二八一条にいう職業の秘密に当るという意味ではない)ことが多いようであり、単一製品、例えば受信用電子管6BZ6Aに関しての数値は通常秘密(同上)とされている。

企業は公器であり、会計上の数値は出来得る限り公表せしめることが公益に合致するのであつて、企業が秘密としておりその公開が企業に何らかの不利益を蒙らしめるとしても、その不利益が不当甚しいものでない限り、企業はかゝる不利益をしのぶべきである。

四、(一) 原審は直接労務費或は販売一般費の数値を公開することにより第三者が利益の率又は額、製造原価、原価構成比率、或は労働生産性の如き情報の全部又は一部を知り得るから証言を拒否し得るとした。

しかしながら、右各情報が松下電子にとつて職業の秘密に該当するとした点のみならず、直接労務費或は販売一般費を知ることにより前記各情報を得ることが出来るとした点においても亦判断に誤りがあるといわねばならない。

(二) そもそも製造原価は、

(1) 直接材料費

(2) 直接労務費

(3) 直接経費

(4) 間接材料費

(5) 間接労務費

(6) 間接経費

からなり、右製造原価と

(7) 一般管理費

(8) 販売費

(9) 利益

との和が製品の価格を構成するのである。

而して証人に対し受信用電子管の製造販売についての数値に関してなされた質問は左のとおりである。

尋問事項第六項 製造個数

〃 七 販売個数

〃 二二 販売金額

〃 二三(a) 全材料費(直接材料費及び間接材料費)

〃 二四(a) (証明拒否)直接労務費

〃 二五(a) (証言拒否)販売から生じた一般費用(所謂販売費であり、一般管理費を意味しない)

〃 二九(a) 包装費

〃 二九(b) 包装費用の人件費

従つて価格構成要素のうち、

間接労務費

直接経費

一般管理費

利益

については証人に対し質問されていないし、今後質問されることもないのである。右のとおり製造原価の三大要素の一つである経費が直接経費、間接経費ともに質問されておらず、間接労務費も一般管理費も質問されないのであるから、第三者が利益の額或は率、製造原価、原価構成比率等を知ることは不可能である。

(三) 証人は同業の内外競争業者並びに仕入先、販売先等の関係先において製造、販売ないし経理担当者など、所謂玄人の目から見れば他の事例と比較して利益率、製造原価等を容易に理解認識することができると主張している。

しかしながら、仕入先とはガラス素材、雲母、ニツケル、タングステン、モリブデン等の供給者のことであり、これ等供給者及び使用者である購入者は受信用電子管製造についての知識はとぼしく、一部の情報から他を推定する能力はない。

同業者である製造業者は原価の一部を知れば他の数値を類推し得る可能性を持つているが、本件における如く全経費及び一般管理費が不明では利益の額又は率を正確に算出することは困難であり、間接労務費が分らなけれは労働生産性を正確に知ることはできないのである。同業者にとつては正確でない情報があまり意味を持たないものであることはいうまでもない。

(四) 仮りに第三者が直接労務費、販売一般費についての証人の証言を知り、松下電子の利益、製造原価、原価構成比率等を推定したと仮定しても、第三者が推定できるのは受信用電子管全体についての数値のみである。

松下電子は使用目的、使用材料、材料使用量及び販売価格の異る数十種の受信用電子管を製造しており、その種類も常に変動している。

三(四)において述べたとおり、製造に関する情報は一般に個々の製品についての具体的数値に近づくほど秘密保持の要求度が高まるものである。トランジスターも受信用電子管も製造している松下電子全体の利益や製造原価を第三者が知つても、松下電子の受信用電子管製造販売事業には殆んど何の不利益も与えないであろう。電子管事業部全体の利益、製造原価は同業者には知られたくない情報ではあろうが、知られても事業に支障が生ずるという問題ではない。

受信用電子管製造販売のみにおいての利益、製造原価を第三者に知られることは会社によつては非常に困ることがあるかも知れない。しかしながら本件で問題としているのは松下電子である。販売先はすべて関連会社であつて、既に十二分の情報を有している。仕入先の業者で松下グループとの取引を望まない者はいないであろう。6BZ6A等、特定の受信用電子管に関する数値が東芝、日立等の同業者に分れば或は多小の影響を受けることがあり得るかも知れない。しかし、本件で求めているのは数十種の受信用電子管を一括しての数値であり、証言がなされても第三者は何人も個々の電子管についての数値は知り得ないのである。

(五) 加之、本件は昭和三九年一月から同四一年五月までの間に生じた直接労務費或は販売一般費についての質問であり、既に六年五月ないし八年一〇月経過している過去のことであるから益々松下電子に不利益を与えることはあり得ないのである。

五、以上の次第であり、原決定に際し原審は不服があれば御庁に即時抗告すべきであるとの判断を示されているので、本即時抗告に及んだ次第である。

相手方の主張

第一、法律上の主張

一、抗告人の本件即時抗告は、不適法であり却下さるべきものである。

相手方は、アメリカ合衆国、合衆国関税裁判所における、原告ミツイアンドカンパニー・リミテツド、被告アメリカ合衆国間の訴訟において被告側証人として、司法共助に基いて、大阪地方裁判所昭和四七年(エ)第四三号共助事件として、受託裁判官喜田芳文の証人尋問を昭和四七年一一月一五日、同裁判所において受けた。相手方は、右裁判官に対して、尋問事項第二四(a)項及び第二五(a)項について、職業の秘密に関するものであるから、民事訴訟法第二八一項一項第三号に基き、証言の拒絶を申立て、同裁判官は、証言拒絶を許可する決定をした。

抗告人は、右決定に対して即時抗告を提起したのであるが、右決定はいうまでもなく受託裁判官の裁判であつて、民事訴訟法第四一二条一項によれば、受託裁判官の裁判に対しては、受訴裁判所に異議を申し立てるべきものと規定されている。

従つて、右裁判に対する不服申立方法として即時抗告によることは許されないものといわねばならない。

二、抗告人は、相手方の前記尋問事項第二四(a)項、同第二五(a)項に対する証言は、民事訴訟法第二八一条一項第三号に該らないと主張するが、右尋問事項は、相手方、及び相手方の勤務する松下電子工業株式会社の職業上の秘密にあたるものであり、同条の証言拒絶ができる場合である。以下、その理由を述べる。

(1)  同条一項第三号は、「技術又は職業の秘密に関する事項に付尋問を受くる時」は、証人は、証言を拒絶できると規定している。

「技術の秘密とは、その秘密が公開されると、その技術を有していた者の従前の価値が失われるようなものであり、職業の秘密とは、その秘密が公開されると、その職業に経済上重大な打撃を与えるようなものである。」と解されている(菊井・村松民事訴訟法II三〇七頁等)。

本条は、これらの秘密の保持者の利益を保護するために、証人に証言を拒絶する権利を与えたものであつて、右利益が認められる限り、広く解さるべきである。このことは、刑事事件の証言拒絶に関する厳格な規定(刑事訴訟法第一四九条)と本条を比較すれば明らかであろう。即ち、公益上の見地からする刑事訴訟での取扱いと異なり、民事事件においては、当該事件当事者の私的利益保護のために、第三者の権利が害されることがあつてはならないことはいうまでもないからである。ちなみに、本条と同義の規定を置くドイツ民事訴訟法第三八四条三項の解釈においても、右証言拒絶は、広く解されており、価格協定、支払われた給料の額も右に該ると解されているのである。

(2)  本件で問題となつた尋問事項第二四項(a)、第二五項(a)については、それが明かにされると、松下電子工業株式会社が受ける経済的損害、営業上の支障は莫大である(その内容については、第二事実関係についての主張)。

又、経営上の諸統計、例えば、当該企業の販売統計、申込状況、等は、経営上の秘密として営業上の秘密の一つとして広く認められてる(小野昌延、「営業秘密の保護」三一頁)。従つて、前記尋問事項の労務費及び販売費については、当然、営業の秘密、即ち、職業上の秘密に該当し、証書拒絶ができるのは、明かであろう。

第二、事実関係についての主張

本件証言拒絶の理由は、原審において提出した上申書記載のとおりであるが、更に、抗告理由に焦点を絞りつつ、以下のとおり補足陳述する。

一、抗告理由三(一)ないし(五)に対して。

相手方(証人)松村は、松下電子工業株式会社(以下、当社という)の常務取締役、電子管事業部長であり、当社の性格については、既に原審上申書で述べた通りである(一、二)。

即ち、当社発行済の株式のすべては、松下電器産業株式会社とフイリツプス社の二社が保有しており、当社は、非上場会社であつて証券取引法二四条の有価証券報告書の提出の義務もなく商法第二八三条第二項の定める貸借対照表の公告以外、株主を除く第三者に対し、経営に関する数値は公表していない。この理由は、当社が、フイリツプス社との技術援助協定に基く合弁会社であることから、多くの提供された技術、ノウハウの機密保持をフイリツプス社と協定していることに基づくものであつて、当社においては、経営上の数値ないし製造原価は、最高の機密(営業上の秘密)として取り扱つているのである。

二、抗告理由四(一)ないし(四)に対して、

(一) 抗告人は、製造原価を、

(1) 直接材料費 (2) 直接労務費 (3) 直接経費 (4) 間接材料費 (5) 間接労務費 (6) 間接経費から構成され、これと(7) 一般管理費 (8) 販売費 (9) 利益との和が製品の価格を構成すると主張する。又抗告人は、右要素の内(5) 間接労務費 (3) 直接経費 (6) 間接経費 (7) 一般管理費 (9) 利益が質問されていないから、直接労務費、販売費が証言されても、第三者は当社の利益の額、或は率、製造原価、原価構成比率を知ることは不可能であつて、当社の損害は無いと主張する。

(二)(1)  製造原価を抗告人主張の如く前記要素に分類することは、可能であるかもしれないが、当社の会計制度としては前記分類を取つていない。

即ち、当社においては、製造間接者(課長以下監督者)の法定、任意の福利費等が直接労務者の分と合わせて処理されているので、製造における直接、間接労務費が合算されている。従つてその中から尋問事項24(a)の直接労務費のみを抽出することは、不可能といわざるを得ない。

(2)  抗告人は、経費および一般管理費について質問していないから、労務費、販売費を証言したとしても、第三者が製造原価、利益率等を知ることは不可能であると主張するが、これも又製造業界の実情を無視した立論である。

即ち、製造業界においては、同業種間にあつては、経費率および一般管理費率に大きな差異はなく、他社の原材料費、労務費、販売費がわかれば、自社の経費率等をあてはめて、容易に他社の製造原価を察知することができる。その他の第三者においても各種統計資料(例えば、日銀統計局発行「業種別企業経営分析資料」)等によつて、経費率等を知ることができるからである。よつて当社が前記尋問事項24(a)及び、25(a)を明かにすることにより、他同業者、第三者は、当社の真空管の製造原価及び、利益率等の概要を知ることができるのであつて、その結果、当社が営業上手痛い打撃を蒙るに至ることは、以下述べる通りである(他社及び、第三者は右につき、厳密に正確な数字は把握し得なくても、概数を知ることにより充分有効に利用し得ることは、言うを俟たない。)

三、前記尋問事項について、証言した場合における当社の損害

製造原価は、衆知の如く材料費、労務費、経費に大別されるものであつて、既に原審において材料費は証言されており、ここにおいて労務費が明かとなれば、前に述べた如く製造原価も容易に推定できる。更に、原審においてすでに尋問事項七ないし一一項の、真空管の総販売数が証言されているのであるから、当社の当該真空管に関する利益及び利益率は、同業者及び第三者の知る所となるのである。

(1)  製造業界において、製造原価及び利益率等は、営業上の秘密(Trade Secrets)又は、ノウ・ハウの一種として保護されることは一般に認められている所である。その所以は、同業者が他社の製造原価、利益率等を知つた場合には、これらを経営戦略的に極めて有効に活用することができるからである。即ち、例えば同業者が自社の数値と比較して相手方の製造原価が高く、利益が低いことが分れば、自社の販売価格を相手方の追随不能な線まで引下げることによつて、一挙に市場の拡大を図り他社に対して壊滅的な打撃を与え得る。又、反対に相手方の製造原価が低く利益が高ければ、市場を維持するため、コスト低減の推進、販売政策の強化等によつて他社に対して緊急に対抗策が打たれることになる。

このことは、市場において熾烈な競争を続けている企業にとつて、自社の製造原価利益率等を他社に知られることが、如何に莫大な不利益を受けるかを明かにするであろう。

(2)  右事項を明かにすることは、同業者間における問題だけではない。国内外の販売先及び消費者は、当該製品の利益率が分つた場合は、強力な値下げ交渉及び運動を起し、企業の価格政策に重大な打撃を与えることとなる。抗告人は当社の販売先が松下電器産業(株)、松下電器貿易(株)の二社に限定されているとして、販売先関係に支障を来たすおそれはない旨主張しているが、全くの形式論という外はない。右二社は当社の販売チヤネルとしての存在なのであつて、当社にとつて問題となる販売先とは右二社からの多数の販売先であり、これが実質上の販売先であることは多言を要しないであろう。

更に、材料費の製造原価に占める割合が判明すれば、仕入先にとつては、材料の値上げ交渉に対する有力な手掛りとなり、個々の原材料の供給先を多く持たない(原材料は特殊なものが多く、その供給者は限定されている)当社にとつては、大きな打撃となることはいうをまたない。又、右材料費の製造原価に占める割合が同業者の知る所となれば、材料の自家製造をしている業者もあるので、自社の材料比率が高ければ、自社製を外部調達に切換えてゆくこととなり、そうなれば、限られた仕入先の供給力が逼迫し、当社への供給が不円滑となり、ひいては当社の製造に支障を来たすような事態に立至るおそれも存するといわねばならない。

資本主義社会において、如何なる企業が自社の特定製品の製造原価、利益率等を明かにするであろうか。その例を知らない。

四、更に、一言しなければならないことに、製造業界において、労務費、販売費を明かにすることによつて、当該製品の製造原価、利益率等が天下に知られることの前述の不利益の他に、労務費、販売費が明かになることによる、それ自体の企業の不利益も考慮されなければならない。

(1)  製造業における労務費は、一個の製品当りの売価に占める労務費額、その率、及び製造原価に占める労務費額、その率と共に特定品種の製造にとつて、何れの企業も極秘事項としている技術情報(ノウ・ハウ)の一つである。即ち、一個の製品に対する労務費額、その率は、製造業においてその製造方法、製造工程の内容を推定せしめ、他社はこれらを知ることにより、その企業の合理化、機械化の程度を知り得る、一つの重要な技術情報(ノウ・ハウ)となり得るからである。

(2)  販売費においても、それ自体、販売流通経営の中核となるものであつて、これが明かになることにより、当該企業の販売生産性を同業者に知られる事となるのである。従つて販売費自体も、独立して、営業の秘密として考えられなければならない。

五、以上、明かにしてきた所であるが、尋問事項24(a)の労務費が、直接労務費だけを意味するものであるならば、それは前述のごとく分別不能であり、もし、これが直接、間接の労務費を意味するものであるならば、尋問事項24(a)項の販売費と共に、それを明かにすることは、当社に莫大な損害、重大な営業上の支障をもたらすものとして、証言を拒否せざるを得ない次第である。

尋問事項

一、一九六四年一月から一九六六年五月までの期間に、受信用電子管の生産に直接従事した労働に対して松下電子が支払つた総額(職長の給与を含む)は、いくらでしたか。

二、一九六四年一月から一九六六年までの期間に、松下電子による受信用電子管の販売から生じた一般費用の総額は、いくらでしたか。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例